概要:かつて内子の経済的繁栄を支えた「木蝋生産」を営んだ商家の上芳我邸が1990年「木蝋資料館 上芳我邸」としてオープン、一般に公開されている。江戸後期-明治期に製蝋業者数123軒を数え最も盛んだった時期には国内最大の生産量を誇っていて、海外にも輸出されていたとか。大正期から衰退が始まり、敷地、木蝋生産施設などを往時の格好で残しているのは全国でも上芳我家だけだとか。貴著な産業・文化遺産でもある「木蝋資料館」を見学した記録アルバム。
「伝統的建造物群保存地区」の内子町町並散策で「木蝋資料館」を訪れた、朝ということもあり多分小生が入場1番目、親切な案内付きで往時の繁栄を残す邸内を一巡りしたあと、敷地内の製蝋設備を見学した。
アクセス:JR内子線「内子」駅から1500m(徒歩約25分)
その他:「内子町観光ページ」















1.原料のハゼの実を砕いて粉にする。
2.蒸して搾り、生蝋を生成。
3.漂白して、木蝋となる。
といったことのようだ、図の蝋搾り小屋では上記1.-2.の行程が行われていたようだ。本芳我家初代、弥三右衛門により蝋晒しの技術「伊予式蝋花箱晒法(いよしきろうばなはこさらしほう)」が開発され、作業の効率化・均一化そして品質が向上し輸出も行われ巨万の富を築くこととなったとか。



