概要:「吉川英治記念館(草思堂)」は吉野梅郷西の端、日の出山登山口でもある愛宕神社参道近く吉野街道沿いの緩やかな傾斜地に建っている。「宮本武蔵」、「資本太平記」などの名作で知られる吉川英治が家族と共に東京から移り住み昭和19年から昭和28年までを過ごしたという、「新・平家物語」はここで執筆されたとか。幕末築の建物は元養蚕農家だったとか、母屋の屋根にその面影をとどめているように見えた。長屋門から中へ入ると手入れの行き届いた母屋、庭が目の前に広がり和やかで暖かな雰囲気に包まれた。

アクセス:JR青梅線「日向和田」(梅の公園)または「二俣尾」(吉川英治記念館)
その他:「吉川英治記念館」HP、「杉本謙吉」画伯、建築家「谷口吉郎」氏

吉川英治記念館:吉野梅郷散策定番コースは「梅の公園」から始まり締めが、この「吉川英治記念館」であろうか。車の往来が多い吉野街道左側の歩道を奥多摩方向へ行くと吉川英治記念館の看板が有りそこから左へ続く緩やかな坂道の先に長屋門が見えそれが記念館の入口となっていた。
吉川英治記念館:この地がかつて養蚕で繁栄したことを忍ばせる存在感のある長屋門が記念館の入口となっている。
吉川英治記念館:母屋玄関土間から左側を見る。
吉川英治記念館:母屋玄関から外に出て、記念館展示室へ向かう、展示室前を経て庭園の中を左回りで散策路があり季節感豊かな植栽が目を楽しませてくれる。
吉川英治記念館:本館西側の座敷廊下。
吉川英治記念館:東大寺大仏殿昭和の大修理に奉納した瓦が庭に置かれていた、一枚が大仏殿へこの一枚が記念館へ寄贈されたものと書かれている。「新・平家物語」の挿絵を担当した杉本謙吉画伯が吉川英治の句を刻んだ瓦。
吉川英治記念館:母屋の西北角、洋館風の書斎。
吉川英治記念館:書斎の中の様子、写り込んでいる手前のタイルと右側の母屋の一部は書斎のガラスに反射したもの。ここで四季の移ろいを感じつつ小説の構想を練っていたのだろうか。
吉川英治記念館:書斎前の垂れ梅と母屋西側。
吉川英治記念館:展示室へ向かう緩やかな斜面に作られた遊歩道、紅梅が見頃を迎えていた。
吉川英治記念館:館内ロビーでビデオを視聴、その後展示室で作品、歴史などを見て再び庭園散策を開始する。記念館の設計は谷口吉郎(たにぐちよしろう)氏で開館が1977(昭和52)年3月。
吉川英治記念館:展示館前にひときわ存在感のある「椎(しい)」の木の大木がある、推定樹齢5・600年とか。展示館前から見る母屋と書斎の屋根。
吉川英治記念館:庭の片栗の花が見頃だった。
吉川英治記念館:養蚕農家の面影を残す母屋西側。
吉川英治記念館:四季の移ろいを感じさせる庭の所々で控えめに咲く片栗の花が印象に残った。
吉川英治記念館:複雑な樹形の紅垂れ、花の時期はいつ頃なのだろうか。
吉川英治記念館:四季の移ろいを堪能できる巧みな植栽。
吉川英治記念館:記念館裏手の草思堂通り。